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お誕生~半年

1017

亜沙美が生まれたのは、S61・9・11.
徳山中央病院です。(現・周南市)
体重3108g・身長49・5cm、39週の普通分娩でした。
実は、亜沙美が生まれる約2年前に、
私は、この病院で女の子を出産していました。普通に生まれましたが、
残念なことに、重い腸閉塞にかかり、生後間もなく他界しました。
そういうこともあって、病院側は、とてもこの出産に気を使って下さいました。
出産一ヶ月は、実家で過ごし、一ヶ月検診で、
「今度は、大丈夫です。順調に育っています」と、医師のお墨付きを頂き、
主人の転勤先へ向かいました。
その頃、一番気になっていたのが、体重の伸びの悪さでした。
ミルクを飲まない。寝ない。病気ではない為、病院にも行けず、
薬局の(赤ちゃん相談)によく行っていたように記憶しています。
3ヶ月検診では、やはり体重が増えて無い事を指摘され、
栄養指導を受けるために離乳食が始まって、
少し体重が落ち着くまで通院していました。
でも、体重には個人差がありますから、これが何等かの障害が原因だとは、
当時の私には分かりませんでした。(多分、医師にも)
ただ、[2人目の子供は楽だ]と世間では言われるのに、
何と手の掛かる子だろうと思いながら悪戦苦闘の日々を過ごしていたように
思います。一番記憶にあるのが、百日の写真を撮りに
写真館を訪れた時のことです。笑顔の写真を撮ろうと、
写真館の人が色んな手を使ってあやされるのに、全く笑わないのです。
上の子は、「は~い!」と言って、隠したぬいぐるみを出しただけで
笑ったというのに・・・。
何か変?・・・と思い始めていました。
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テーマ:自閉症児の親 - ジャンル:福祉・ボランティア

生後半年から2歳半まで

1019

いざ、思い出そうとすると、なかなか思い出せないのです。
その頃のことが、すごく曖昧なのです。
もう、20年も前になるのですから仕方がありませんが。
残念なことに育児日記も付けていませんでしたし・・・汗。
その頃は、<目が合わない><あやしても笑わない>
<名前を呼んでも、振り向かない>・・・と色んな疑問を抱えながらも
「変わった子」なんだと思おうとしていたのだと思います。
いえ、思いたかったのだと思います。
私の中で、障害の子は、体の成長も遅れているという認識がありました。
首がすわるのが遅いとか、寝返りが打てないとか、
ハイハイが出来ないとか・・・そういうのは無かったのです。
1歳2ヶ月で歩き、1歳6ヶ月には、走っていました。
母子手帳の記録の質問事項の殆どが○です。
2歳の記録の「2語文が喋れますか?」で初めて、×です。
「言葉の遅い子もいるよ。そのうち喋れるようになるよ」
と人に言われ、(そのうち・・・)と思っていたのも2歳を迎える頃には、
限界に来ていたように思います。でも、2歳検診では、何の手も打っていません。
何故だったのか、思い出せないのです。
「3歳まで、待ちましょう・・・」とでも言われたのかもしれません。
(目が合わない)・・・といっても全く合わないでもなく、
いないいないばぁ・・・をすると、笑ったりもしていたのです。
名前を呼んでも、振り向かないけど、耳が聞こえないわけでもなかったのです。
大好きなコーラの栓を開けると、あのシュワーッ・・・という音で、
飛んで来ていましたから(笑)。
でも、指差しも無く、物を取る時は、私の手を持って取るという
クレーン現象もあったのですから、間違いなく自閉症ですよね。
ただ、私が、自閉症については、育児書に記載されている
程度のことぐらいしか知らなかったのです。
先日、(光とともにを読んで、初めて自分の子が自閉症だと分かった)
ということを書いておられるブログに出会いました。
私もあの頃、その本があったらなぁ・・・なんて思いました^^。
あの本は、どんな自閉症の手引きよりも分かりやすいように思います。
読んでない方は、読む価値有りです♪
(秋田書店からは、何も頂いておりませんので・・・念のため^^)

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1歳から2歳半ごろ

1020

昨日、どの写真を載せるか、管理人(上の子)とアルバムを見ていたら、
面白い写真がありました。カメラで写真を撮る真似をしているのですが、
レンズの方を自分の方に向けているのです。
そういえば、バイバイと手を振る時も、手の平を自分の方に向けていました。
そう、自分が見えたままを真似するのです。
管理人が、「亜沙美って、押し車に反対を向いて乗ってたよね」
と言い出しました。私は、記憶にないのですが、管理人の記憶の中には、
皆と違う乗り方をしていたので、鮮明に残っているそうです。
あれだけ心配していた体重は、離乳食が始まると、じょじょに追いつき、
1歳の頃には、平均に達していました。でも、どこか変わっている子でした。
抱っこが大好きで、何処に行くにも抱っこ。
ベビーカーが好きで、一度乗ると、降りない。
事あるごとに泣き、かんしゃくを起こす。クルクル回っても全く目が回らない。
転んでも、全然泣かない。・・・・・どれもこれも変でした。
(昨日の写真は、1歳ごろです。生れた時から髪の毛が濃かったので、
月齢より少しおませに見えます。今日は、2歳頃の写真です。
可愛かったなぁ・・・^^)

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2歳半~3歳半頃

1022

私達親子は、この当時、主人の会社の社宅に住んでいました。
同じ棟にT君という一歳年上の男の子がいて、
棟の前の公園で一緒に遊んだものです。
彼も少し、緩やかな成長をしていたように記憶しています。
お母さんは、「男の子は、言葉が遅い子も多いしね」と言って、
男の兄弟の3番目ということもあってか、のんびり構えておられました。
でも、亜沙美が2歳半になった頃、そのお母さんから、
「3歳検診に行ったら、母子通園に行くように勧められたのだけど、
亜沙美ちゃんも見学しに行かない?」と誘われたのです。
そんな施設があることさえ当時の私は、知りませんでした。
直ぐに「連れて行って下さい。」とお願いして、翌日、母子通園施設を訪れました。
その施設は、授産施設と隣接していて、開設されてまだ5年の施設でした。
当時、15名ぐらいのお母さんと子供達で、10時ぐらいから3時ぐらいまで
リトミックや手遊びや散歩をしていたように記憶しています。
私は、その場で、「明日からでも来たい」ことを、申し出ました。
園の責任者だったO先生は、それを聞いて驚かれました。
「この施設は、生まれて直ぐに障害が分かったお子さんか、
3歳検診で何等かの遅れを指摘されて来られる方ばかりです。
自分の方から来ることを申し出られた方は初めてです」と言われたのです。
「そればかりか、勧められても来られない方が多いのですよ」と続けられました。
自分の子に何等かの障害があるかも知れないと思ったら、
こういう施設を利用したいと、思うのが自然なのではないかと、
その時は思いました。
何故、勧められても来ない人がいるのか・・・後で分かりました。
通園を始めて、暫くして、あるお母さんから
「ここに来ることを、親戚が反対するのよ。
みっともないから、行かないで欲しいと言われるのよ」と、言われたのです。
その時、地元で無くて良かったかもしれないと思いました。
確かに、全く見知らぬ土地で亜沙美を育てることは、
本当に大変でした。頼る身内が居ないのですから・・・。
でも、何のしがらみもないので、何をするのも自由でした。
障害児の親になりたての親は、自分の子の障害を認めるだけでも大変なのに、
世間の目に耐える力も備えないといけません。
世間がもっと温かい目で見てくれたら、
少しは、楽な気持ちで障害児の親になれるような気がするのですが・・・。
(今は、十分に耐えるというか、跳ね返す力が付きました!
じーっと、亜沙美を見る人が居たら、「何か?」・・・と聞けます・・・笑)

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2歳半から3歳半頃

1023_1

いざ母子通園を始めると、思ったより大変でした。
今まで、亜沙美の様子に合わせて、家事をしていたのが、
そういうわけにいかなくなったからです。
登園する迄に、亜沙美の相手をしながら家事をこなし、
帰宅後は、洗濯物を片付け、夕食の支度を簡単に済ませると、
夕方の外遊びに付き合わないといけません。
その上、上の子のピアノやクラシックバレエ等のお稽古にも付いて行っていました
し・・・。その頃の亜沙美は、園での散歩は、抱っこかおんぶです。
知らない道だと、泣いてひっくり返り、歩きませんでしたから・・・。
夏の暑い日の散歩は、ヘトヘトでした。(亜沙美は、涼しい顔でした・・・笑)
でも、あの頃は、<どうにかしたい>・・・の一心で頑張れたのだと思います。
(若かったし・・・笑)
それに、児童相談所の巡回指導で、「大変でしょうが、今は、自分の手で
育てて下さい。どんな子も小さい頃は、可愛い。この可愛い時期に一杯、
愛して下さい。この時期、他人の手に委ねると、大きくなって大変になった時、
愛情が持てなくなります。」と、いうような事を言われたような気がします。
園での生活は、大変だけど、同じ悩みを持つ人が居るという安心感からか
楽しく通園していました。
そんなある日、自閉症のお子さんを持つ、先輩お母さんから、
「亜沙美ちゃんは、自閉だよ」ときっぱり言われたのです。
もしかして・・・という思いはあったものの、ショックでした。
少し前、児童相談所の判定で「○も上手に書けるし、ある程度の理解も
しているから、言葉が遅れているだけでしょう。もう少し、様子をみましょう。」
と言われて少し、安心していたからです。

1023_2

(○を書くことが、大変なことだとその時知りました。
その当時、もう、亜沙美は、絵を描いていました)
そこで、園のO先生に「亜沙美の障害が何であるか知りたいので、
医師を紹介して欲しい」とお願いしました。
O先生は、「私が紹介出来る先生は、お二人います。T先生とO先生です。
これから、ずっと相談に乗って頂くのですから、貴女が相談しやすく、
指導が受け入れやすい先生でないと、付いて行けなくなると思います」と言って、
コロニーのO先生を紹介して下さいました。
予約を取り、診察を受けた結果は、(自閉傾向のある精神発達遅滞)でした。
当日、上の子に追いかけられ、笑って逃げている亜沙美を見て、
「自閉症の全ての項目には当てはまりませんし、人との関わりもありますから、
自閉傾向ですね」と説明を受けました。
O先生は、本当にお優しい先生で、どんなにお忙しくても、
穏やかに話しをして下さいました。
「とにかく、お母さんは、味方なのだと分かってもらうまでは、
全て受け入れなさい」と言われ、それを忠実に守りました。
でも、味方だと分かってからも、受け入れ続けた為、
とてつもなく我が儘娘に育ってしまいました・・・汗。

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プロフィール

あみあみの母

Author:あみあみの母
自閉症の娘、あさみの
成長の記録です。
ホームページはこちらです。

もくじ

01 お誕生~半年

02 生後半年から2歳半まで

03 1歳から2歳半ごろ

04 2歳半~3歳半頃

05 2歳半から3歳半頃

06 3歳~3歳半頃

07 3歳から4歳ごろ

08 4歳

09 4歳頃~4歳半まで(年少さんの時期)

10 4歳の頃(文集)

11 4歳(文集から)

12 4歳(文集から2)

13 4歳半から5歳半(幼稚園・年中)

14 5歳半から6歳半(年長)

15 余談・・・就学

16 小学部1年生

17 もう一度、1年生

18 小学2年生

19 小学3年生

20 4年生

21 余談~<家>

22 5年生

23 余談(療育相談)

24 余談(地域支援センターらいふ)

25 6年生

26 余談(とくなが先生)

27 中学部1年生

28 中学部2年生

29 中学部3年

30 余談

31 高等部1

32 高等部2

33 そして、今

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