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2歳半から3歳半頃

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いざ母子通園を始めると、思ったより大変でした。
今まで、亜沙美の様子に合わせて、家事をしていたのが、
そういうわけにいかなくなったからです。
登園する迄に、亜沙美の相手をしながら家事をこなし、
帰宅後は、洗濯物を片付け、夕食の支度を簡単に済ませると、
夕方の外遊びに付き合わないといけません。
その上、上の子のピアノやクラシックバレエ等のお稽古にも付いて行っていました
し・・・。その頃の亜沙美は、園での散歩は、抱っこかおんぶです。
知らない道だと、泣いてひっくり返り、歩きませんでしたから・・・。
夏の暑い日の散歩は、ヘトヘトでした。(亜沙美は、涼しい顔でした・・・笑)
でも、あの頃は、<どうにかしたい>・・・の一心で頑張れたのだと思います。
(若かったし・・・笑)
それに、児童相談所の巡回指導で、「大変でしょうが、今は、自分の手で
育てて下さい。どんな子も小さい頃は、可愛い。この可愛い時期に一杯、
愛して下さい。この時期、他人の手に委ねると、大きくなって大変になった時、
愛情が持てなくなります。」と、いうような事を言われたような気がします。
園での生活は、大変だけど、同じ悩みを持つ人が居るという安心感からか
楽しく通園していました。
そんなある日、自閉症のお子さんを持つ、先輩お母さんから、
「亜沙美ちゃんは、自閉だよ」ときっぱり言われたのです。
もしかして・・・という思いはあったものの、ショックでした。
少し前、児童相談所の判定で「○も上手に書けるし、ある程度の理解も
しているから、言葉が遅れているだけでしょう。もう少し、様子をみましょう。」
と言われて少し、安心していたからです。

1023_2

(○を書くことが、大変なことだとその時知りました。
その当時、もう、亜沙美は、絵を描いていました)
そこで、園のO先生に「亜沙美の障害が何であるか知りたいので、
医師を紹介して欲しい」とお願いしました。
O先生は、「私が紹介出来る先生は、お二人います。T先生とO先生です。
これから、ずっと相談に乗って頂くのですから、貴女が相談しやすく、
指導が受け入れやすい先生でないと、付いて行けなくなると思います」と言って、
コロニーのO先生を紹介して下さいました。
予約を取り、診察を受けた結果は、(自閉傾向のある精神発達遅滞)でした。
当日、上の子に追いかけられ、笑って逃げている亜沙美を見て、
「自閉症の全ての項目には当てはまりませんし、人との関わりもありますから、
自閉傾向ですね」と説明を受けました。
O先生は、本当にお優しい先生で、どんなにお忙しくても、
穏やかに話しをして下さいました。
「とにかく、お母さんは、味方なのだと分かってもらうまでは、
全て受け入れなさい」と言われ、それを忠実に守りました。
でも、味方だと分かってからも、受け入れ続けた為、
とてつもなく我が儘娘に育ってしまいました・・・汗。
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テーマ:自閉症児の親 - ジャンル:福祉・ボランティア

コメント

こんばんは~(^^)/、先日は「「のろのろ~ど」に来ていただいて、ありがとうございました!!!あさみちゃん、ビックリするほど笑顔がカワイイ!O(*≧∀≦)O
ホムペもかわいい~♪あさみちゃんはお絵かきがすきなんですね!お絵かきボードの絵、上手~!すごいいい!うちのぴょん太は「絵」はイマイチです。だけど「粘土」の達人なんですよっ!これからもちょくちょく寄らせて頂きますねっ!あっ、その前に、この繋がり(架け橋)であるまさるままに感謝です!( ̄人 ̄*)

こんばんは、ノジ母です。

私が住んでいるところは
田舎ですが、発達障害に関する施設や診療所など
しっかりとしていて、ずいぶん助けられています。

私も地元ではないので、よく知りませんでしたが、
ノジが通っている施設も地元の年配の人たちからしたら、
「あそこはバカがいくところや」
ってな感じらしいです。

でも、通ってきているお子さんや、お母様たちを見てると、
とっても明るくて前向きにがんばっている人がほとんど。
みんな毎日を丁寧に過ごしている人ばかりです。


しかし、自閉を指摘してくれた、お母さん、
勇気ある人ですね。

そしてあみあみの母さんも
しっかりとその指摘を受け止めて、
判断、行動をしていて、
とても素敵です。



☆むちむちさんへ
粘土・・・いいですね~。
陶芸家になれるかも・・・ですよ^^。

とても楽しいブログですね。
また遊びに行きますv-278

☆ノジママへ
そうですか。
田舎でも福祉が整っているんですか・・・。
良かったです^^
なんと言っても、もう20年も前になるので
変わってないと困りますけどね。

世間の目も随分変わってきていると、私も感じますよ。
私のご近所は、とても暖かく見守って下さいますし・・・^^
でも、スゴイ田舎に住んでいる知人は、
いまだに、義理の親からも、近隣の人からも
白い目で見られている・・・と言っていました。
そのことが原因で離婚した人もいます。

ここでも、亜沙美が通園していた頃、
あるお母さんから「公園に行くと、一緒に遊ばせてもらえない・・・」
って話していた人もいた時代なのです。
でも、それより前は、もっともっと大変だったと聞きます。
何の施設もなく、偏見の中で子育てをされていたのですよね。
どんどん、良くなって欲しいです^^

こんにちは。
私も同じことをしていてのを思い出しました。
障がいは全然違うのに…。
不思議な気持ちです。

その頃のウ子さんは下肢麻痺だったのでおぶるしかなかった…目がよく見えなくて、痛い検査ばかりしていたので、周囲に対して恐怖心が強かった…
なので、「私が守ってあげるから」とわかってもらうまで、ひたすら一緒に過ごして…
度が過ぎて、ベタベタ母&ビビリの泣き虫娘の異色の親子。

で、それが今も全く変わってないんですね。
あんなに苦しい日々だったのに、今はそれなりの思い出として振り返られる…
きっと、あみあみ母さんも私も、(そんなのがフッ飛ぶくらいの)とっておきのウキウキ・ワクワク気分があったからなんだろうな…。
そう、思い出にふけってます。

☆海苔ピーさんへ
私なんかより、ずっと大変だったんですね。
多分、このブログを読まれておられるお母さんの中には、
「こんなもん苦労じゃないわ・・・」とおっしゃる方も
いらっしゃると思うのです。
私も苦労話をするつもりではないのですが、
やっぱり、大変でした・・・ってなってしまいますね・・・汗。

亜沙美が高校を卒業して、ちょっと振り返る気になりました。
20歳になって振り返ろうと思ったのですが、
最近、物忘れがひどくなって・・・笑。
少しでも早い時期に書き留めておこうと思ったのです。
不思議なもので、嫌な事や頭に来たことが沢山あったのに、
思い出せなくて、良かったことだけが頭に浮かびます^^。
最初は簡単な生い立ちにするはずが、ダラダラ長く
なってしまいそうです。
もう少し、お付き合い下さいね。

ぶっちゃけダメ元のつもりだったのにww
気づいたらいつの間にか卒業してたよ。
http://dtjapan.net/mp/7vh1lpx.html
これでやっと飲み会で妄想話さなくて済むwwwってか、卒業すると自信付くね、普通に。

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あみあみの母

Author:あみあみの母
自閉症の娘、あさみの
成長の記録です。
ホームページはこちらです。

もくじ

01 お誕生~半年

02 生後半年から2歳半まで

03 1歳から2歳半ごろ

04 2歳半~3歳半頃

05 2歳半から3歳半頃

06 3歳~3歳半頃

07 3歳から4歳ごろ

08 4歳

09 4歳頃~4歳半まで(年少さんの時期)

10 4歳の頃(文集)

11 4歳(文集から)

12 4歳(文集から2)

13 4歳半から5歳半(幼稚園・年中)

14 5歳半から6歳半(年長)

15 余談・・・就学

16 小学部1年生

17 もう一度、1年生

18 小学2年生

19 小学3年生

20 4年生

21 余談~<家>

22 5年生

23 余談(療育相談)

24 余談(地域支援センターらいふ)

25 6年生

26 余談(とくなが先生)

27 中学部1年生

28 中学部2年生

29 中学部3年

30 余談

31 高等部1

32 高等部2

33 そして、今

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