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3歳~3歳半頃

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当時は、はっきりと障害が分かったことで、悲しいという気持ちより
(今から何をするべきなのか)という思いの方が強かったと思います。
コロニーには、療育相談の他、感覚統合の訓練に通いました。
バス―電車―電車―バス・・と乗り継ぎ、2時間近くかけて行っていました。
(亜沙美は、よく膝の上に立っていて、バスの<降ります>ボタンを降りない
ところで押しては、運転手さんに謝ってた苦い想い出があります・・・笑)
O先生は、とても人気のある先生で、かなり待ち時間もありましたが、
先生とお話すると、随分気が楽になり、行くことも待つことも苦では
ありませんでした。
その他、通所施設に巡回指導に来ておられた国島先生の言語訓練を受けていました。
国島先生は不思議な力を持っておられ(そう思っていました^^)、
集中力のあまり続かない亜沙美に集中して訓練を受けさせて下さっていました。
私は、どうしても個人的に訓練を受けたくて、
コロニーのO先生に紹介状を書いて貰い、
第一日赤(当時のお勤め先)にご無理を言って、通わせて頂きました。
当時、先生が使用しておられたのが、A3版より少し大きめのパネルに
50音が書いてあり、磁石が後ろに付いたひらがな文字を当てはめる
という教育玩具でした。パネルの方は、一語づつしきりがついていました。
亜沙美は、これで、ひらがなを覚え、言葉も作れるようになりました。
家でも使おうと、製造元に電話して取り寄せたように記憶しています。
(今なら、インターネットで、簡単に取り寄せが出来るのに・・・汗)
残念ながら、すでにこの製品は製造打ち切りになっています。
亜沙美が使っていた物は、国島先生の元に行き、今でも
沢山の後輩達の役に立っている・・・と、先日、先生からお聞きしました^^。
先生は、今、個人で言葉の相談室<ホワイトベル>を開いて活躍しておられます。
先日、用があってアートスクウェアに来られ、久々の対面をされたそうで、
「大きくなったねぇ」と話されていました。
あの可愛い時期から、急に今の亜沙美を見られたら・・・
別人と思われたかもしれないと密かに案じています(笑)

テーマ:自閉症児の親 - ジャンル:福祉・ボランティア

3歳から4歳ごろ

1025

私は、コロニーの診断が出てから、直ぐにそれぞれの実家に亜沙美の診断結果を
知らせました。主人の母は、翌日、本屋に行き、障害に関する本を購入して、
勉強してくれたようです。
その本は、後日送られてきた宅急便の中に入っていました。頭が下がります。
(<光るとともに>に出て来るお義母でなくて本当に良かったです^^)
私の母は、「亜沙美が不憫だ!亜沙美が不憫だ!」と言いながら、
オロオロしていたそうです。
私は、主人の優しい理解のもと、春休み・夏休み・冬休みは、
休みの間中ずっと実家に帰省していました(悪妻です^^)
帰省すると、何故か亜沙美は、この頼りない母のことが、大好きで、
べったりくっついていました^^。
その母も今は、亜沙美のことが、分からなくなりました。
でも、見舞いに来た人が、亜沙美のことを口にすると、涙を流すそうなのです。
惚けても、亜沙美のことが気になるのでしょうか。
(いつまでも親不幸です・・・。)
最近「すずめ(すすま・・・という地名です)ばあちゃん、行こう!
新幹線、乗ろう!」とよく、亜沙美が口にします。何か、感じるのでしょうか。
仕方ないから、「すすまばあちゃん、頭が痛くて、病院だから、行けません」と
説明しています・・・汗。
通所施設は、慣れてからは、毎日楽しく通所出来ました^^。
同じ悩みを持った親子の集まりですから、とても気楽でした。
行事も盛り沢山で、遠足・運動会・クリスマス会・餅つき等がありました^^。
名古屋場所がある時、お相撲さんが慰問に来られて、
記念撮影をしたこともありました^^。
近くの宿泊施設でお泊り会をしたこともありました^^。
本当に、楽しい毎日でした^^。
でも、翌年、責任者のO先生が退職されると、少し、園の体制が変わってきました。
考え方が、少しづつ私とずれてきているような気が・・・。

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4歳

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通園施設に通うことに迷いが出て来た頃、上の子の同級生の
T君のお母さんから「亜沙美ちゃんは、幼稚園に行かないの?
もし、行く気があるのなら、Tの通っていた幼稚園を紹介するよ」と声を掛けて
貰ったのです。
(余談・・・当時、T君は、上の子にぞっこん^^。ピアノの発表会には、
花束を持って来てくれ、誕生日には、自分の声のメッセージテープを
送ってくれました^^。小学の低学年の頃の話しです。その後、彼は、
中高一貫の進学校に進み・・・今頃、エリート街道まっしぐら?でしょう^^
そんなことなら、何とかあの時・・・と上の子と話しています^^。
上の子が一番もてた時代です・・・笑)
T君のお母さんの紹介して下さった幼稚園は、世真留愛敬幼稚園。
小さな園舎に50人ぐらいの子供達が通園していました。
ちいさな園庭には、うさぎ小屋やニワトリ小屋があり、ユニットバスの中には、
ザリガニが入っていました。亜沙美は、直ぐに、気に入りました^^。
そして、園長先生のご許可を貰い、11月1日から登園することになりました。

一年半通った通園施設の最後の日にこんな事を書いていました。
(昨日、何か記録を記したものがないか探していて、見つけました
当時つけていた連絡帳です。)
「先生方へ。
ついに卒園です。決して、そのレベルに達しての卒園ではないので
不安だらけです。でも、私が、決めた、亜沙美との新しいチャレンジですので、
後ろを振り返らず、前進しようと思います。
この一年半、子供達、お母さん方、先生方・・・色んな巡り合いがありました。
そして、この一年半で、わが子の障害を理解し、少し強くなれたような気がします。
これから先、私達親子に、色々な試練が待ち受けているでしょうが、
頑張って、乗り越えて行こうと思っています。
それから、私は、亜沙美をただの障害者として終わらせたくないと思っています。
結果的には無理かもしれませんが、この子の持っているものを伸ばして、
この子らしいものが一つだけでも持たせられたら・・・と思っています。
それが、今の私の夢です。一年半、本当にありがとうございました」
・・・あの頃は、やっぱり若かったなぁ・・・と
思う次第です・・・苦笑・汗。
15年も前のことですからねぇ・・・ふふっ^^。

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4歳頃~4歳半まで(年少さんの時期)

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11月1日(木)、この日から私達親子は、世真留愛敬幼稚園に通園する
ことになりました。幼稚園は、当時約、50名。
年少・年中・年長をそれぞれ半分に分けて、赤組と白組という縦割りの
クラスで編成されていました。
赤組が美世先生。白組が有里子先生でした。(亜沙美は、赤組)
どちらの先生も若いのにやり手^^。
幼稚園の先生になる為に生まれて来たようなお二人でした^^。
そして全体を仕切っておられたのが、園長先生の奥さんの美保子先生でした。
昨日、通園を始めた11月から翌年の3月まで(年少)を記録した連絡帳を、
読み返してみました。15年振りのことです。
懐かしい想い出がずっしり詰まっていました^^。
スモックのボタン掛けが出来るようになったこと。
皆が集中した下駄箱で、もみくちゃになりながらも靴が取り出せたこと。
礼拝で皆が座っている所に自分の椅子を持って行って、
好きな子の横に割り込んだこと。
いつも相手をしてくれるゆうこちゃんが、家に遊びに来てくれたこと・・・。
少しづつですが、皆の中で過ごせるようになったことの喜びが
書かれていました^^。
亜沙美は、その頃(今もですが・・・)サラサラの髪が大好きでした。
通園を始めて間もない頃、礼拝で座っているTちゃんの髪を後ろから、
そーっと触ったのです。
当然、Tちゃんは、「先生!亜沙美ちゃんが、髪をさわった~!」っと、
お怒りです^^
すると、美保子先生は、「Tちゃんの髪が綺麗だから触ったのよ。いいなぁ~!
亜沙美ちゃん、先生の髪も触って~」と言って下さったのです。
確かに、亜沙美がした事は、いけない事です。
でも、亜沙美が髪を触ることで関わりを持とうとしているのだから、
そうさせてやりたいと思って下さったようです。
すると、あちらからも、こちらからも「亜沙美ちゃん、私の髪、触っていいよ~」
と言う声が・・・^^子供は、本当に純粋です。
あの時、叱られていたら、亜沙美は、皆の中に入れないままだったかも知れません。
美保子先生の適切な判断に、感謝です^^。
美保子先生は、その後も、亜沙美が出来ないことがあると
「今、亜沙美ちゃんは、出来ないけど、きっとそのうち出来るようになるから、
待っててあげようね」・・・というように、何かにつけ亜沙美が仲間はずれに
ならないように気配りして下さいました。
それから暫くして、Tちゃんのお母さんが「亜沙美ちゃんに触ってもらうから
髪を洗って・・・と言うんです。髪を洗うのを嫌がっていたのに。
ホント助かります」とお礼を言われました^^。言うまでもなく、感激です^^
そして、3月、亜沙美のお世話をいつも買って出てくれていた、ゆうこちゃんが、
「おばちゃん、亜沙美ちゃんを、私が行く学校の特殊に入れてね。
私が、面倒を見てあげるから。約束だよ」と言って卒園していきました。
確かその頃、通園施設の知人から「文集を作るのだけど、亜沙美ちゃんとこも
参加してくれない?」という電話を頂きました・・・・。

<お知らせ>
明日から三日間、亜沙美がお仕事しているアートスクウェアで開所、
1周年記念祭があります。
最終日の30日(日)の午後からは、イベントもありますので、
どうぞお越し下さい^^
レターセット・ステッカー・ポストカードも販売しています^^。
(亜沙美のもあります♪)
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4歳の頃(文集)

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先日、幼稚園の頃の連絡帳を探していて、通園施設の文集が出てきました。
全く、記憶にない文集でした。手に取って読んでみて、「そういえば・・・」
ぐらいの記憶しかありません。他の方のを読んでも、ぴんとこないところをみると、
送られてきたまま読まずに終い込んでいたようです。
これを載せるかどうか、迷いました。
実は、今まで、親しい人にも話したことの無い、
亡くなった二番目の子のことを書いているからです。
思い出したくないことなので、ずっと封印してきました。
でも、もう20年も前のことです。
亡くなった子の為にも、載せようと思いました。
せっかく生まれてきたのに、何の証しもないのでは、可哀想ですし・・・。

☆----------------------------------
途中で退園した私に、「文集を作るのだけど、投稿しない?」
との電話を頂いた時、少々戸惑いを感じ、迷ったのですが、
私自身のために、文集に参加させて頂くことにしました。
亜沙美のことをお話しする前に、私がどんな思いで、亜沙美を生み、
育てていたかを知って頂きたいと思い、
生後二週間で亡くなった二女のことから話させて頂くことにします。
昭和60年1月20日、体重3136グラムの女の子を出産しました。
次の日、授乳時間がきても呼びに来てもらえないことに疑問を抱き、
看護婦さんに尋ねると「先生からお話がありますから」とのこと。
そして、説明も受けぬまま母乳は、薬で止められました。
不安な思いで、二日間を過ごし、先生からあった説明は、
「腸閉塞です。小児科のスタッフが手厚く看護していますので、
とりあえず退院して、お家で連絡をお待ち下さい」でした。
信じられない思いで、予定より一日早く退院し、
<望美>と名づけて出生届けを出し、不安な思いで連絡を待ちました。
必ず迎えに行けると信じ、迎えに行く日を心待ちにしていたのですが、
それから二週間後の2月1日、帰らぬ姿となった望美をこの手に抱きました。
ピンクの新しいお包みに包まれたわが子は、
お包みの重さだけだったような気がします。
何の為に生まれてきたのか・・・。
抱いてあげることも、お乳をあげることも・・・
何一つ母親らしいことをしてあげていないことを悔やみました。
そして、その後、精神的ショックからか、体調を崩してしまい、
数ヶ月後、薬の副作用で腹水が貯まり、入院しました。
それから一ヶ月後、妊娠していることが分かりました^^
今度こそ、健康な赤ちゃんを生んで育てたいと思ったことは、
言うまでもありません。
そして、安定期になった頃、主人の転勤先のこの地に引越して来ました。
それから、数ヶ月後、里帰り分娩をし、亜沙美の一ヶ月検診を終えた
10月、またこの地に戻り、亜沙美との生活が始まりました
----------------------------------☆

文集の投稿文は、まだまだ続きがあります。
この続きは、明日以降に載せます・・・汗。

(余談)
昨日、俊ちゃんのお母さん(亜沙美と俊ちゃんは、同級生で、今は同僚。
お母さんとは、愚痴を言い合いながら、12年以上付き合ってきた仲です)に
「文集を載せようと思うけど、メチャメチャ長くて暗いのよ」と
言うと、「あの頃は、やっぱり大変だったのだから、明るく書くなんて無理よ。
いいんじゃない、暗くて・・・」と、言ってくれました^^。
それに、彼女も通園施設を卒園する時、原稿用紙7枚も想いを
綴ったそうです・・・笑。

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プロフィール

あみあみの母

Author:あみあみの母
自閉症の娘、あさみの
成長の記録です。
ホームページはこちらです。

もくじ

01 お誕生~半年

02 生後半年から2歳半まで

03 1歳から2歳半ごろ

04 2歳半~3歳半頃

05 2歳半から3歳半頃

06 3歳~3歳半頃

07 3歳から4歳ごろ

08 4歳

09 4歳頃~4歳半まで(年少さんの時期)

10 4歳の頃(文集)

11 4歳(文集から)

12 4歳(文集から2)

13 4歳半から5歳半(幼稚園・年中)

14 5歳半から6歳半(年長)

15 余談・・・就学

16 小学部1年生

17 もう一度、1年生

18 小学2年生

19 小学3年生

20 4年生

21 余談~<家>

22 5年生

23 余談(療育相談)

24 余談(地域支援センターらいふ)

25 6年生

26 余談(とくなが先生)

27 中学部1年生

28 中学部2年生

29 中学部3年

30 余談

31 高等部1

32 高等部2

33 そして、今

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